東京高等裁判所 昭和35年(う)1547号 判決 1960年11月08日
控訴人 被告人 川崎憲次
弁護人 小田良英
検察官 鯉沼昌三
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
原審の未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。
原審の訴訟費用は被告人と原審相被告人石川昭の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人小田良英提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
論旨一について。
原判決挙示の証拠を総合すると、被告人は原審相被告人石川昭と共同してパチンコの景品買をしていた者であるが、共謀のうえ、昭和三十四年十二月十七日午後一時三十分頃、東京都豊島区池袋二丁目八百六十六番地パチンコ店「ナゴヤ」前路上において、同店より景品の煙草を持つて出て来た吉川一郎こと徐金義に対して、「売れよ」と申し向けたが、これを拒絶されるや、さらに同人につきまとつて「売れよ、売れよ、こつちへ来い」等と申し向けつつ同人を右「ナゴヤ」の横路地に連行し暗に、右売却に応じないときは、同人の身体に対し如何なる危害をも加えかねない気勢を示して脅迫し、その旨畏怖した同人より即時同所で、その所持していた煙草ピース二十個(時価八百円相当)を交付させ、その代価として金三百円を手渡したという原判決判示事実を認めることができ、記録を精査するも原判決に所論のような事実の誤認はない。しかし原判決は右被告人の所為を以て被害者徐金義をして強いて右煙草を売渡させ義務なき行為を行わしめたものとして刑法第二百二十三条第一項に問擬しているのであるが、原判決が確定した被告人の右所為は、被害者徐金義を判示の如く脅迫し同人より煙草ピース二十個を交付させたもので強制罪には該当せず、恐喝罪を構成するものと解すべきであるから、原判決は法律の適用を誤つたものというべく、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十二条第二項、第三百九十七条第一項により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に次のように判決する。
原判決が適法に確定した事実(「もつて同人をして義務なきことを行わしめ」との原判決判断部分を除く)を法律に照らすと被告人の所為は刑法第二百四十九条第一項第六十条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法第二十一条により原審の未決勾留日数中三十日を右本刑に算入し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項及び第百八十二条に従い被告人と原審相被告人石川昭の連帯負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)
小田弁護人の控訴趣意
一、原審判決は判決に影響を及ぼす重大な事実誤認がある
1、被告人本人が被害者に対し強いて「パチンコ」の景品たる煙草を売ることを強要した事実はない。2、之は記録中被害者がそれらしい意味の陳述を為し被告人等も其の様な趣旨の自供をしているが之は取調検事が在宅起訴に(略式罰金)してやる、年の暮で皆出て働いた方がよいだろうと云い妥協を強いたので被告人両名も正月斯る嫌疑で勾留されるのが家庭の事情上困るので之に応じ略式承認の捺印もさせられて之に応じて自供した形を取つたもので脅かすことはなかつたものである。仮りに右自供が誘導に依るものでないとしても被告人が被害者から買つた情況からして被告人が強要したと認むべき状況はないのである。3、只問題は相被告人石川昭が煙草二十個分を川崎被告人よりの伝達を間違えて十個分と誤信して其の分丈支払つたことから問題が生じたのである。4、石川被告人に於ても強要した事実はないが、仮りに石川の言動が強要と認められても其の前後川崎被告人が其の点全く連絡共謀の事実はない。依つて仮りに石川被告人が有罪とされても本被告人は元来起訴さるべきでなく起訴されても無罪の判決を得るのが至当である、之は記録全体を通して明かである。5、然るに之に対して原審が有罪の判決を為したるは重大なる事実誤認があると云うべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)